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★★★ お知らせ ★★★ (11月17日(月)19時00分)
Number:1117185901Length:250 bytes

ながらくご愛顧いただきました、八楽児童寮のホームページがこの度全面リニュアルして新装開店しました。暫くは二つのホームページが存在しますが、是非とも新しいホームページへアクセスしてみてください。おっとり君NEWSも、新しいホームページへ引越ししました。



おっとりくんNEWS NO.70(毎月10日発刊) (10月11日(土)23時23分)
Number:1011231925Length:2214 bytes

2008.10.10            

■□■原点をみつめる■□■
スポーツの秋たけなわ。今年は、北京オリンピックが閉幕したばかりで、いつになく運動会に熱が入る。赤勝て、白勝て、フレフレフレーと子どもの声がこだまする。子どもたちの姿に大人も一喜一憂する。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
9/10(水) 東三河児童・障害者相談センター懇談会
9/13(土) 柔道稽古・茶道教室
9/17(水) 豊川市民生児童委員30名来寮
9/27(土) カッパ座観劇招待
10/4(土) 紙芝居読み聞かせ

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
10/13(月) 第48回東三河児童福祉施設総合体育大会
10/11(土) ボーイズタウンスタッフ(アメリカ)来寮
10/17(金) 刈谷市主任民生児童委員16名来寮
10/23(木) 安城市家庭相談員55名来寮

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
「予防」と「防止」
「11月は児童虐待防止推進月間です。」助けての小さなサイン受け止めてと書かれたポスターが配布された。ポスターにはすやすやと眠る赤ちゃんが描かれている。厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課虐待防止対策室が作成したものである。こうしたポスターなどは、虐待防止への努力が形になったものである。虐待防止と虐待予防は、どう違うのか。起きてしまったことに対処するのが「防止」で起きないようにするのが「予防」。こうした行政の努力により虐待に対する市民の認知度は、高くなった。その結果が児童相談所への虐待通告数に表れている過去10年間で16倍の通報件数を数えるに至った。それだけ虐待が増えたのか?。決してそうではない内在化されていたものが表面化しただけである。防止対策は、対処療法にしか過ぎない。大切なことは、虐待を起こさないようにする「予防」対策である。国は、「こんにちは赤ちゃん事業」をスタートさせた。生後6ヶ月間保健師等による育児指導を行なうものである。アメリカのオレゴン州で既に実施されている「ヘルシースタート」事業がモデルである。2年前にたまたまその事業を視察する機会が与えられた。オレゴン州では、ヘルシースタートにより州内の虐待件数をスタート前より50%減らしたという実績を持つ。ヘルシースタートのスタッフは、「予防への投資は、防止への投資を減らすことができる。唯一の方法である。」と述べていた。しかし、こんにちは赤ちゃん事業はまだまだ、各市町村の取り組みには大きなばらつきがある。ポスターには「言葉にできない子どもの悲鳴を見ない、聞かない、も虐待です。」とある。「言葉にできない子どもの悲鳴を見ない、聞かない、育児支援を」を目指すことが急がねばならない対策であろう。



おっとりくんNEWS NO.69(毎月10日発刊) (9月10日(水)16時26分)
Number:0910162551Length:2275 bytes

2008.9.10            

■□■原点をみつめる■□■
夏休みが終わり、子どもたちが学校へ通い始めた。大人たちにとってはやれやれであるが、いっぷくする間もなく秋の陣が始まる。運動会、音楽の集い、などなどスポーツの秋、芸術の秋、そして食欲の秋でもある。あなたにとっては、さて、何の秋・・・。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
8/15(金) 火おんどり
8/20(水) 愛知県児童福祉施設夏季鍛錬会卓球大会
8/30(土) 八楽盆踊り大会
8/31(日) 地域総合防災訓練
9/ 1(月) 2学期始業式

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
9/10(水) 東三河児童・障害者相談センター懇談会
9/13(土) 柔道稽古・茶道教室
9/17(水) 豊川市民生児童委員30名来寮
9/27(土) カッパ座観劇招待
10/4(土) 紙芝居読み聞かせ

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
家庭からまな板と包丁が消えた。NHK放送文化研究所「国民生活時間調査」によると一週間に家族そろって夕食をとる回数は毎日が3割強、、4日以上が2割強、3日以下が5割強、。家庭から楽しいはずの一家の団らんが消えつつある。と同時にそのことは、家庭から包丁とまな板が消えたことを意味する。大学生を相手に授業をしている中で、若い女子大生に「魚をおろせるか」と聞いたら、「0」であった。学生に「魚をおろす」といったら「おろしがねを使うの?」と言う質問が返ってきた。では、なぜ家庭から包丁とまな板が消えたのか?お母さんが忙しい。今まさに時代は、既婚女性の5人に4人が就労する時代。パートの仕事が終わると大急ぎでスーパーへ、大急ぎで買い物し、大急ぎで帰ってきて晩ご飯の支度、大急ぎで子どもに晩ご飯を食べさせ、そして、大急ぎで子どもを塾へ送り出す。そこで、忙しいお母さんのためにスーパーではパックで切り身の魚を売る。忙しいのは何も母親だけではない。娘も忙しいのである。母親が晩御飯を作る時間にはまだ彼氏とデートで家には帰っていない。結果、娘も母親から料理を教わらなくなった。母親の料理は、スーパーのレジ袋から取り出した食材を「3分待つのよ」と取り出しレンジで“チン” いつの間にかお袋の味が袋の味に変わっている。そもそもお袋の味とは、母親が台所に立つ後姿を娘は、見よう見真似で覚えていくものである。それが我が家の味、お袋の味である。親の姿を見て育つということはそういうことである。今夜もどこかでこんなセリフが聞こえてくる。「ごめんね、お母さん忙しくて何もしてあげられなくて。その代わり○○ホテルのシェフが作ったハンバーグよ。これ高かったのよ」。ハンバーグの値段が愛情の値段とでも言いたいのだろうか。そのくせ、自分は「過保護」だと思っている。それは嘘。



おっとりくんNEWS NO.68(毎月10日発刊) (8月10日(日)10時31分)
Number:0810103119Length:2259 bytes

2008.8.10            

■□■原点をみつめる■□■
いよいよ北京オリンピックが開会した。開会式の祭典は、国家の威信をかけたすばらしいものであった。スポーツの戦いには偽りがない。偽りのない真剣勝負だからこそ、そこに感動がある。
あくまでも勝敗は結果であり、勝つための練習をしたから勝てたのである。今、北京と甲子園が熱い・・・。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
7/13(日) トヨタ自動車田原工場EX会弁論大会
7/18(金) 小・中・高終業式
7/19(土) 柔道稽古・茶道教室
7/26(土) アイカ・コンサート
8/ 2(土) 柔道稽古・紙芝居読み聞かせ

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
8/15(金) 火おんどり
8/20(水) 愛知県児童福祉施設夏季鍛錬会卓球大会
8/30(土) 八楽盆踊り大会
8/31(日) 地域総合防災訓練
9/ 1(月) 2学期始業式

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
全国の児童養護施設の入所児童の62%が児童虐待ケースである。もはや児童養護施設は児童虐待の最前線と化した。ここ数年八楽児童寮に措置されてくるケースを見てもその多くが児童虐待ケースである。いつの間にか児童養護施設の社会的使命が児童虐待の受け皿となっている。そのことが、児童養護施設のケアをますます難しくさせている。児童養護施設の本来の使命はひと昔前は、生活困窮等による親の養育困難等への支援であったものが同じ要保護児童という理由から虐待児の受け入れが始まった。時代とともに社会ニーズの変化に対応することが社会的養護であるが、社会的ニーズの変化に合わせて施設の環境も変わっていかなければならない。生活をとおしての養育の営みが同じ要保護児童であっても生活困窮等の生活の場を保証する従来型と虐待等により傷つき何らかの治療を要する子どもへの対応とは少なからず違うものがある。それを一つの器でやろうとしているところに無理が生じているのではないだろうか。はっきりと長期にわたって生活の場を保証しなければならない子どもへの生きる場の確保と虐待児への治療的かかわりが必要な子どもと環境は分けるべきである。特に虐待問題に対する対応は、早期発見のみならず親とその家族へのアプローチが必要不可欠である。その間子供を施設で預かる短期利用型の取り組みがもう一つの施設としての社会的使命であるがそれを一緒にすることは危険なことである。今、児童養護施設では従来型のケアを想定したままの環境・制度の中で新型ともいえる児童虐待等で傷ついた大人との関係不全を抱える子供とが渾然一体となって生活をしている。二つの社会的使命を持つ児童養護施設のその環境づくりを今後どのように「分けて」進めていくかが大きな課題であろう。



おっとりくんNEWS NO.67(毎月10日発刊) (7月10日(木)22時49分)
Number:0710224827Length:2129 bytes

2008.7.10            

■□■原点をみつめる■□■
7月は、いよいよ夏休みの季節。施設では俗に”45日間戦争“の勃発です。子どもたちが24時間生活する生活施設の児童養護施設では、毎日がドラマです。いつもは寝坊する子が夏休みに入った途端に早起きになり、近くの森からカブトムシをどっさりと捕まえてきます。そんな子ども達と大人は体力勝負です。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
7/ 2(水) 修復的愛着療法技能研修
7/ 5(土) 新城市民生児童委員奉仕作業

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
7/13(日) トヨタ自動車田原工場EX会弁論大会
7/18(金) 小・中・高終業式
7/19(土) 柔道稽古・茶道教室
7/26(土) アイカ・コンサート
8/ 2(土) 柔道稽古・紙芝居読み聞かせ

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
ドメスティクワーカー
数年前から八楽では、ドメスティクワーカーを配置しました。ドメスティクーワーカーは、家事(食事作り、掃除、洗濯、買物等)をサポートします。ドメスティクワーカーの存在は、担当が忙しい時に来て家事を手伝ってもらうという存在ではありません。あくまでも生活環境や生活水準の質を向上させ維持するためのサポートです。一定水準の生活環境レベルは当然小舎担当によって作られていきますが、ドメスティクワーカーの援助により少しでも生活環境を保っていくためのものです。ドメスティクワーカーは、業務日誌を毎日寮長に提出します。そのことによって、各小舎の環境レベルが推し量られます。例えば家具が壊れたものをいつまでも直さずにいて、子ども達も壊れていることに不便を感じながらもそれが放置されるという生活のルーズさを無くすために気を配りします。それは日常の暮らしの営みにおいて養育されていく子どもたちの生活の質を保持するためのものです。すさんだ生活の中で良い養育などやれるはずがありません。衣類の破れや衛生面についても同様です。子どもたちにとって施設で育ったことが問題ではないのです。どんな環境で、誰によって育てられたかが問題なのです。私たちの仕事はすぐに答えが見える、出る仕事ではありません。長い時間をかけて施設で生活した子どもたち自身が自分の人生を振り返ることが出来るようになったとき、私は、子どものころ誰々に面倒を見てもらったなぁとふと哀愁を込めて名前が思い出されたとき、初めて評価されるものなのです。それほどに気の遠くなるような結果の見えない仕事であり、忍耐のいる仕事です。だからこそ養育の重さと価値を感じる仕事なのです。






おっとりくんNEWS  NO.66(毎月10日発刊) (6月11日(水)15時44分)
Number:0611154352Length:1849 bytes

2008.6.10           

■□■原点をみつめる■□■
6月は、梅雨の季節。施設では食中毒等衛生面には格段の配慮が必要な時期です。子ども達の抵抗力の弱さが何につけても目立ちます。子ども達がよく口にする言葉に”むかつく”ということばがありますが、異物が体内に入ったときに排除しようとする拒絶反応です。抵抗力が弱いと何かについて、つい「むかつく」。うっとうしい季節です。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
5/18(日) 第8回東三河児童福祉施設レクレーションスポーツ大会
6/ 1(日) カッパの里ハイキング
6/ 8(日) ガーデンパーティー

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
7/ 2(水) 修復的愛着療法技能研修
7/ 5(土) 新城市民生児童委員奉仕作業

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
プロセティック・アプローチとは、創られた社会福祉実践を導く限定的実践理論である。プロセティックとは「補綴(ほてつ)的」と訳されるものである。この場合の補綴とは、損なわれた身体の一部を補うことによって失われた機能(あるいは本来あるべき機能)を取り戻すために義足や義手、義歯といった器具を使う治療法を示す。これを社会福祉の人と環境の相互作用に当てはめると、人の行動上の問題は、その人だけの問題ではなく、その問題行動を解決する能力をうまく引き出す環境、すなわち補綴的(プロセティック)環境が整っていないと捉えることができる。プロセティック・アプローチによると、いったん環境の変化により失われた人の行動や能力も、それを引き出す環境を用意することによって取り戻すことが可能となる。また、失われた能力や行動だけでなくまだ十分に発揮されていない能力や行動を、それを補綴する環境を整えることによって取り戻したり、発揮させたりできる仕組みを作ることができるのである。
児童養護施設の養育の営みはまさに、プセティック・アプローチである。治療的であったりパターナリズム(保護・管理的主義)であったりするものではなく、ごくごく普通のあったり前の普通の生活を通して子ども達が生きる力を培っていく生活形態の確立こそが、癒しのある生活となりえるのである。
今の家庭に最も損なわれている養育の力である。



おっとりくんNEWS  NO.65(毎月10日発刊) (5月10日(土)17時05分)
Number:0510170458Length:2283 bytes

2008.5.10
          
■□■原点をみつめる■□■
5月、新緑まぶしい季節となりました。草花は寒い間じっと土の中で堪え忍びやがて春になり温かくなると芽吹きます。“芽吹く”という表現には力強さを感じます。飛び上がる瞬間は一瞬ですが、その一瞬のためには長い時間が必要なのです。今年の春も草花が色とりどりに芽吹くように子ども達も色とりどりに芽吹きだしました。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
4/12(土) オテックス労働組合ボランティア来
4/19(土) 柔道教室
4/21(月) 東郷東小学校合同家庭訪問
4/24(木) 東郷中学校合同家庭訪問
4/26(土) 柔道教室
5/ 3(土) 柔道教室・紙芝居読み聞かせ

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
5/18(日) 第8回東三河児童福祉施設レクレーションスポーツ大会
6/ 1(日) カッパの里ハイキング
6/ 8(日) ガーデンパーティー

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
小舎での生活は子ども達にとって、誰もが安心して暮らせる生活環境が保障されなくてはなりません。しかし、子ども達の中には、本人自身が抱えている課題から生活に馴染めず情緒的な問題行動等を起こし、その対応に小舎担当が振り回されます。それが小舎全体に及ぼす影響は多大なものがあり、その現状をただ放置しておくわけにはいきません。そこで、平成20年度から八楽児童寮ではトリートメントセンター店の家を開設することにしました。トリートメントセンター店の家は、そうした子どもへのトリートメントプログラムを作成し、そのアプローチを行ないます。子どもの課題となる行動の変容を図るための取り組みをプログラムに沿って行っていきます。具体的には平成16年から取り組んでいるGBT(アメリカ)のプログラムに基づいたソーシャルスキルトレーニングやセカンドステップ等を実践していきます。このような取り組みの前提となるものは契約です。子どもには、トリートメントの目的を明確にし、契約の到達点はプログラムを完了することにあります。トリートメントセンターの担当職員と小舎担当、スーパーバイザー、セラピストでプログラムを検討・実施して行きます。
そして、施設ケアの到達点は子ども達が社会自立することにあります。そのためには、施設という特殊な生活集団の中で生活するのではなく、地域社会の中にあるグループホームで生活できるようになるようにしなければなりません。しかし、中には施設入所していきなりグループホームで生活するには無理がある場合もあります。そのために、本園での体制を手厚くしトリートメントを施し、十分に地域社会において生活できるソーシャルスキルを身に付けさせた上でグループをホームで生活できることをめざします。



おっとりくんNEWS NO.64(毎月10日発刊) (4月10日(木)09時24分)
Number:0410092355Length:2522 bytes

2008.4.10            

■□■原点をみつめる■□■
4月は、出会いの季節、今年も3人のリフレッシュマンが誕生した。児童養護施設の職員を夢みて、八楽児童寮の職員としてこの世界に飛び込んできてくれた3人である。辞書で福祉という言葉を調べてみると、「幸い」、「幸せの意なり」と出る。福祉の仕事は人を幸せにする仕事。かっこよく言ってしまうとそういうことであるが、人の悩み事や苦悩に寄り添うことは並大抵なことではない。福祉の仕事はそれだけに哲学が必要である。 

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
3/19(水) 小学校卒業式
3/19(水) 日本福祉大学長谷川ゼミ来
3/28(金) 新任職員本部研修
4/ 4(金) 中学校入学式
4/ 7(月) 小学校入学式

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
4/12(土) オテックス労働組合ボランティア来
4/19(土) 柔道教室
4/21(月) 東郷東小学校合同家庭訪問
4/24(木) 東郷中学校合同家庭訪問
4/26(土) 柔道教室
5/ 3(土) 柔道教室・紙芝居読み聞かせ

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
権利条約が批准されたとき、学校の先生方から「何という現場をわかっていない条約だ。子どもに言いたい放題言わせると現場が無茶苦茶になる」という意見がよく出された。しかし、意見表明権というのは、子どもの意見に何でもかんでも従う、子どもの言うとおりにしろということではないのです。
子どもが自分にかかわる事柄について意見を述べる機会を与えられなければならない。そして、その意見が成熟度に応じて相当に尊重されるのだとということなのです。
 例えば、施設内で「大掃除をしましょう」ということになり
「大掃除なんてしたくない」という子どもがいたとしましょう。そんなとき、
「はい、したくないという意見なら、君には大掃除はさせられません」というわけにはいかない。そこでどうするか。
「何でしたくないのか」を尋ねたり、「大掃除が何で必要なのか。しないとどんな不都合になるのか」とか「嫌だという子だけを免除するわけにはいかないのはなぜなのか」とかを話し合う。一定のルールには従わなければならないということを納得させる作業が必要になってきます。施設内の規則を決めるとか、子どもたちにわかる施設内行事の実施方法を決めるというような場合もそうです。そうしていくためには大人側の力量がかなり問われてくる。言い分を聞いてもらうということは子どもの健全な成長のために不可欠なことなのである。規則とは、「普遍」であって「不変」であってはならない。
規則とは、その時々の状況で変化するものであっていいと思う。
よく他の施設の職員に何故施設には日課があるのですか?と訊ねると「規則正しい生活をさせるためです」という答えが返ってくる。日課のある生活が規則正しい生活なのだろうかとふと疑問を抱く。それはただ単に「規則に正しい生活」に過ぎないような気がしてならない。そもそも日課とは、一方的な指示命令である。そこに自律は生まれない。



おっとりくんNEWS NO.63(毎月10日発刊) (3月10日(月)09時20分)
Number:0310091911Length:2299 bytes

2008.3.10            

■□■原点をみつめる■□■

 施設の年間行事に「送別会」がある。言葉のごとく「別れ」「送る」為の会である。どこか施設臭い名前である。そこで名称を変えることにしたが、なかなかいいネイミングがつかない。そもそも、送られる人を励ます会ではなく送られる人が今までにお世話になった人たちへ感謝をする会にしようと「ありがとうの会」となった。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆

2/15(金) 愛知学泉短大フィールドワーク来
2/17(日) 中部電力青年部レクレーション大会
2/24(日) トヨタ・三菱旅立ちセミナー
3/ 1(土) 柔道教室・紙芝居読み聞かせ
3/ 9(日) NTT剪定ボランティア
3/10(月) 連合愛知就職祝金贈呈式

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆

3/19(水) 小学校卒業式
3/19(水) 日本福祉大学長谷川ゼミ来
3/28(金) 新任職員本部研修
4/ 4(金) 中学校入学式
4/ 7(月) 小学校入学式

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆

私事だが、何十年ぶりかの入院生活を余儀なくされた。子ども頃からの慢性中耳炎のため難聴気味であった。特に左耳はほとんど聞こえないために年齢的にも最後のチャンスと思い立ち、鼓膜再生手術を受けることにした。術後1週間の入院である。手術の当日は、4人の息子達が帰ってきた。息子4人が揃うのも久しぶりであり、こんな事がない限りなかなか家族全員が揃うこともなくなった我が家である。私のために家族が勢揃いしてくれた時ふと、頭に浮かんだひと言が”一陽来復”である。ひろい世の中、長い人生、いつも心楽しいことばかりではない。何の苦労もなく何の心配もなく、ただ凡々と泰平を楽しめれば、これはこれでまことに結構なことであるけれど、なかなかそうは事が運ばない。ときには悲嘆にくれ、絶体絶命、思案にあまる窮境に立つこともしばしばあるであろう。
 しかし、それもまたよし。悲嘆のなかから、人ははじめて人生の深さを知り、窮境に立って、はじめて世間の味わいを学びとることができるのである。頭で知ることも大事だが、身をもって知るということが何よりも大事。塩の辛さはなめてみてはじめてわかる。知るということにも、いろいろあるのである。窮境に立つということは、身をもって知る尊いチャンスではあるまいか。得難い体得の機会ではあるまいか。そう考えれぱ、苦しいなかにも勇気が出る。元気が出る。思い直した心のなかに新しい知恵がわいて出る。元気が出る。思い直した心のなかに新しい智慧がわいて出る。そして、禍いを転じて福となす、つまり一陽来復、暗雲に一すじの陽がさしこんで、再び春を迎える力強い再出発への道がひらけてくると思うのである。
そう思わせてくれるのが家族の力である。



おっとりくんNEWS NO.62(毎月10日発刊) (2月10日(日)23時02分)
Number:0210230157Length:2694 bytes

2008.2.10            

■□■原点をみつめる■□■

もうすぐバレンタイン・デー
日本では、女性から男性に愛を告白してもよい日として、想いを込めたチョコレートを贈るのが基本の定番型ですが、「義理チョコ」や「世話チョコ」、「逆チョコ」に「Myチョコ」とチョコレートにもいろいろ・・・。義理チョコも今年は平均が千円を超えたとか。日本と違い、欧米ではバレンタイン・デーは「愛の日」。女性から…という制限はなく、男性からはバラの花束をプレゼントしたり、素敵なレストランで食事をしたりするとか。オシャレです。只今、女の子達は、手作りチョコレートに孤軍奮闘中・・・。さて、その結果は・・・。
 
◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆

1/12(土) 柔道教室・紙芝居読み聞かせ
1/13(日) NTT剪定ボランティア
1/19(土) 柔道教室
1/20(日) 新城マラソン大会
2/ 3(日) 節分
2/ 4(月) 新城民生児童委員ボランティア
2/ 9(土) 柔道教室
2/10(日) NTT剪定ボランティア

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆

2/15(金) 愛知学泉短大フィールドワーク来
2/17(日) 中部電力青年部レクレーション大会
2/24(日) トヨタ・三菱旅立ちセミナー
3/ 1(土) 柔道教室・紙芝居読み聞かせ
3/ 9(日) NTT剪定ボランティア
3/10(月) 連合愛知就職祝金贈呈式

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆

「誤り」と「過ち」の違い
子ども社会にあっては、失敗しても義務としてとる責任はありません。このことを養育者はまず認識すべきです。もし、責任をとることが義務とするならば失敗はできなくなり、その結果として「失敗するようなことはしてはいけない。」ということになってしまいます。失敗をしてはならない。という大人の姿勢は、失敗をするような人間は、ダメだと言っているようなものです。誰だってダメな人間にはなりたくないので、失敗を恐れるあまり失敗を認めることができなくなります。行動の前提に失敗をしてはならないという前提があると、失敗をした時にその責任を取ることが大変になります。してはならない失敗の責任は成功するしかないのです。このように失敗してはならないという前提で物事を進めると、責任を取ることが義務になります。成功するかどうか解らない、義務としての責任が伴うことはしたくないのです。人は最大限に能力を発揮し、適切に行動し、良い成績を上げないと評価してもらえない。ですから、必ず子どもは大人に聞きます「これ、やってもいい」「これ食べてもいい」「○○してもいい・・・。」と。失敗をしたくないのです。そうしてハードルが高くなっていきます。そもそも失敗には「誤り」と「過ち」があります。スタートラインは同じです。子どもが何か失敗をする。間違ったことをする。その事に子ども自身が気が付く。ここまでは一緒です。失敗をしたことに事に気付き、「正す」ことができたらそれは「誤り」です。「誤り」の先には何があるのか、それは「許す」です。人は失敗から学ぶのです。失敗をしてしまったけど「ま、いいか」「やばい、逃げよ」「しまった、隠せ」となったらそれは「過ち」です。「過ち」の先には何があるのか「責任をとってもいい」権利があるのです。



おっとりくんNEWS  NO.61(毎月10日発刊) (7月10日(木)23時14分)
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2008.1.10           

■□■原点をみつめる■□■

 新年あけましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
このおっとりくんNEWSも、今月号で6年間に突入しました。何度も辞めようと思いましたが、ここまで来るともう辞められません。年頭に当たってもう一年頑張ろうと宣言いたします。今月号からリニューアルします。少し規模を縮小し細く長くをめざします。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆

12/20(木) 第一生命サンタ来寮
12/21(金) 寮内忘年会
12/24(月) リッチ・リバー・クリスマスコンサート 

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆

1/12(土) 柔道教室・紙芝居読み聞かせ
1/13(日) NTT剪定ボランティア
1/19(土) 柔道教室
1/20(日) 新城マラソン大会
2/ 3(日) 節分
2/ 4(月) 新城民生児童委員ボランティア
2/ 9(土) 柔道教室
2/10(日) NTT剪定ボランティア

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆

第1回児童養護施設海外体験プログラムの全養協引率責任者という大役を仰せつかり、全国から選抜された6施設30名の子どもと達と共に12月25日から28日までの4泊5日間のグァム旅行に参加させていただいた。
12月24日大きなスーツケースを引きずってか引きずられてか全国から30名の子どもたちが引率職員に引きつられて成田の東武ホリディインホテルに集まってきた。折りしも時は、クリスマスイブ。子ども達にとっては、とても大きなクリスマスプレゼントとなりました。当然子どもたちにとっては、初めての海外旅行であり、夢の始まりです。日本からはHISのスタッフの5人が随行し、さらに現地ではHISのスタッフとレオパレスのスタッフが全行程付いてくださり万端を配しての対応に心より感謝申し上げます。
このプログラムは、タダ単なる観光旅行ではなく、随所に教育的配慮が盛り込まれたものでした。
入国審査の書類を自分で書かせたり、両替を子どもたちにやらせたり、大人がやってしまえば簡単な事をあえて子どもたちにさせる。2日目にジーコ平和慰霊記念公園での献花。今はすっかり日本人も訪れる人が居なくなった場所へ出向き全員で黙祷をささげました。子ども達の反応を見ているとどれだけの感慨が子どもたちにあったのかはわかりませんが、少しでも事前教育がなされていればもっと意義深いものになったのではないかと思います。大切な教育の場面であり、その場に立つという貴重な空間は生きた教育になったはずです。
27日のイナラハンでは、現地の子ども達との交流会が催されました。異文化交流は、今回のプログラムを大変意義あるものにしたと思います。言葉は通じないが気持ちは通じる場面でした。
こうした実体験をさせるプログラムこそが、生きた教育であり、今の子どもたちが自分の眼で見て、自分の肌で感じるた体験を通して成長してくれることを心から願っています。
そして最後になりましたが、グァムは素晴らしい風光明媚なところですが、グァムのどんな魅力にも増してこのプログラムを通してHISのスタッフの皆様方との出会いこそが、一番の魅力でありました。さらに子ども達の健康を常に優しいまなざしで見守ってくださった日本赤十字社医療センターの看護師さんに感謝を申し上げます。すてきな旅となりました。



おっとりくんNEWS  NO.60(毎月10日発刊) (12月10日(月)22時30分)
Number:1210223029Length:3700 bytes

2007.12.10           

■□■原点をみつめる■□■
 このおっとりくんNEWSは、今月号で丸5年間を迎えた。月に1回だからこそ続けてこられたのだと思うが、そもそも、書く事が大の苦手だった自分への試練として始めたこと故に月が明けると胃の痛む思いもした。何をやらせても三日坊主の私にとってこの五年はすごいことである。もし、読んで下さる方がいらしたら感謝である。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
11/15(木) 毎日新聞社会事業団寄付贈呈式
11/18(日) 観音林さんミカン狩り招待
11/20(火) 愛染寮(奈良県)職員研修来寮
11/21(水) 中央有鄰学院(名古屋市)職員研修来寮
11/25(日) 愛知県児童福祉施設音楽の集い豊川大会
12/ 8(土) 新城市長・新城社協会長サンタ、豊橋善意銀行サンタ来寮

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
12/20(木) 第一生命サンタ来寮
12/21(金) 寮内忘年会
12/24(月) リッチ・リバー・クリスマスコンサート 

■□■ 輝いている言葉 □■□
お母さんが僕に望むこと、会えなくなってしまった今からでもできる親孝行がある。それはきっと生きること、僕たち兄姉が楽しく笑って生きること。僕がお母さんのように周りの人間に役に立ち、周りの人間に力を与え、周りの人間を楽しくさせること。それが何よりも親孝行なのだと気付いた。気付かせてもらった。生きたい。今までの考えが180度変わった。僕が立派な人間になってみんなに褒められることが、結局はお母さんが褒められることに繋がるとわかった。僕はめちゃアホだし、立派な人間じゃあないけれど、きっと僕にも周りの人間の役に立てることがある。できることを全部やりたい。そしてみんなに褒められるような立派な人間になりたい。お母さんのような思いやりにあふれた人間に。そしてそれは何よりも、僕自身が楽しく生きることが大事だと理解できた。
ホームレス中学生  田村 裕著 ワニブックス
 

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
児童福祉施設における権利擁護
 これまでの児童福祉の制度や政策は、人間の生存権(憲法第25条)をはじめとして生活・教育等の諸々の『社会権』を確保すべく取り組まれてきた。しかし、現代社会においては、単に社会権の獲得だけでなく、個人の意思や人身の自由などといった『自由権』を保障する方向に向かっている。
これは、第二次世界大戦以降「個人の尊厳」を尊重する人権思想が世界的な潮流となってきたためであると同時に、1994年に日本でも批准された「児童の権利に関する条約」で、単に大人から一方的に『保護』されるだけの存在ではなく、個の人間としての尊厳を見出す『権利の主体者』としての位置づけが明確にされたことにある。こうした流れの中にあって当然児童福祉施設の取り組みや環境は改善がなされていかなければならない。しかし残念なことに子ども達の持つ課題の困難さから、施設内における人権侵害も見散される。その原因の一つに施設職員が、子どもを「一方的に保護すべき存在」として捕らえ絶えざる「保護的監視」のまなざしに置いていることにある。
 絶えざる「保護的監視」のまなざしによる保護的干渉主義(パターナリズム)が時として「指導の氾濫」という現象として表れ、子どもの個性や主体性を無視した、一方的な押しつけによる適応主義的な訓練や指導に陥りやすくなることを厳に戒めなければならない。さらに問題を深刻化させている要因として指導という名の下に施設長や職員が「利用者のために最善である」と思い込んでしまうということが問題を潜在化させる結果となる。
再度、児童福祉施設のめざす養育とは、健康的で文化的な最低限度の生活であり、健康的とは、楽しく、安らぎ、自由であるということは選択肢があるということであり、自主性が重んじられるということは個別的であるということである。こうしたことから社会的養護に託された子ども達の持つ自由権の保障が、児童福祉施設が担うべく重要な役割であることを自覚したい。
施設に入所している子どもの抱える問題が複雑多様化すればするほど高度なしかも広範囲の知識や技術が必要とされる職場である。
 従来はどちらかというと、《経験》と《場数》が重んじられてきたが、もはや“我流”には頼れない時代となった。
職員一人一人は、入所児童の心理的、社会的欲求に応えていく為にも、個別的な処遇を展開していく為にも“理論的専門性”が求められている。



おっとりくんNEWS NO.59(毎月10日発刊) (11月10日(土)22時37分)
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2007.11.10            
■□■原点をみつめる■□■

 11月は、児童虐待防止推進月間です。児童虐待を無くすために「予防」と「防止」が必要です。「予防は教育です。」「防止は対策です。」
ちょっとした「目くばり」・「気くばり」で、子どもを虐待から救いましょう。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
10/13(土) 第47回東三河児童福祉施設総合体育大会
10/14(日) 施設説明会
10/16(火) 愛染寮(奈良県)施設職員訪問研修来寮

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
11/15(木) 毎日新聞社会事業団寄付贈呈式
11/18(日) 観音林さんミカン狩り招待
11/20(火) 愛染寮(奈良県)職員研修来寮
11/21(水) 中央有鄰学院(名古屋市)職員研修来寮
11/25(日) 愛知県児童福祉施設音楽の集い豊川大会
12/ 8(土) 新城市長・新城社協会長サンタ、豊橋善意銀行サンタ来寮


■□■ 輝いている言葉 □■□
 正しいことをやらなければ物事は決して成功しないということを、稲盛和夫さんは人生の方程式に表しました。
「考え方×能力×熱意=人生・仕事の結果」これは素晴らしい方程式だと思います。
何のために働くのか  北尾吉孝著 致知出版社

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
「トラウマ(心的外傷)」。最近すっかり聞き慣れた言葉となった。そもそもトラウマとは、ギリシャ語で「けが」「傷」という意味が語源である。アメリカのDSM−W精神疾患の診断・統計マニュアル第4改訂版によるとトラウマになりうる出来事には、2つの条件があると定められている。一つは、自分や他人の体の安全を脅かすような出来事。二つ目には、その出来事が強い恐怖感や無気力感、ぞっとするような戦慄を伴うような出来事に見まわれた時、人はトラウマを感じるが、このような出来事が身に降りかかると脳が危険を察知しトラウマに対処する体制を作る。危険に「立ち向かう」「逃げる」「凍てつく」「失神する」等々自己防衛本能が全開となる。それで、もしその危機から脱する事が出来ればもとに戻るが、うまく対処できなかった場合は、ストレス障害になる。ストレス障害が2日から4週間以内で治まれば急性ストレス障害ということだが、4週間以上続いたりまたは、それ以後も症状が出る場合はPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断される。
また、トラウマには「単回性トラウマ」と「慢性反復性トラウマ」とがある。
単回性トラウマは、自然災害や防ぎきれずに起きる外傷的出来事をいい、恐怖感や無気力感に陥る。「慢性反復性トラウマ」は、日常的に繰り返される保護者からの放置や虐待、いじめ等により長期にわたり日常的に繰り返される外傷的出来事をいい、人格形成や対人関係に影響を及ぼす。結果として愛着障がいなどになる。ここに児童虐待の怖さがある。11月は児童虐待防止推進月間である。“きこえるよ 耳をすませば 心のさけび”・・・。
愛知県児童福祉司勉強会において講演



おっとりくんNEWS  NO.58(毎月10日発刊) (10月10日(水)11時16分)
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2007.10.10           
■□■原点をみつめる■□■

 食欲の秋、運動の秋、読書の秋、芸術の秋・・・秋を表現する代名詞として挙げられるが、高年齢児曰く失恋の秋、だそうだ。はて、何ゆえに失恋の秋なのかは、聞かずじまいに終わった。さて、あなたにとっての秋とは・・・?

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
9/ 3(月) 始業式
9/16(日) 岡崎教務所人形劇来
9/17(月) カッパ座ご招待
9/24(月) 新城ライオンズクラブご招待
10/8(月) 東三河児童福祉施設総合体育大会

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
10/13(土) 第47回東三河児童福祉施設総合体育大会
10/14(日) 施設説明会
10/16(火) 愛染寮(奈良県)施設職員訪問研修来寮

■□■ 輝いている言葉 □■□
 すべての家族は機能不全
私たちが経験的に知っていることは比較的単純である。すべての家庭はどこかで欠損があり、すべての親は何かに依存しており、そこで育つ子どもたちは、多かれ少なかれそのせいで精神に歪みをきたしている、ということである。 そういう家庭で育ったせいで生じる子どもたちの精神の歪みに質的な差があると私は思わない。そこにあるのは「程度の差」だけである。だから、そのようにして顕在化する症候に対する冶療法も「程度の差」に焦点化したものとなるほかないたろうと思う。つまり、家庭環境によって損なわれた一人ひとりの子どもたちの「精神の歪み具合」を「社会的な許容範囲内」にとどめること、それが「治療する側」に立つ人間の務めである。
子どもは判ってくれない  内田 樹著 文藝春秋

◆◇◆ 寮長コラム ◆◇◆
子どもの育つ環境に影を落とすものに「親の離婚」があげられる。厚生労働省の人口動態統計によれば離婚件数は平成14年度は29万2千組から平成15年度は28万4千組と13年ぶりに減ったが、時間換算すると1分49秒に一組が離婚するまさに日本は「離婚社会」である。いつの時代でも結婚10年から15年未満の未熟層離婚が一番多いが、近年では結婚20年以上の熟年世代が4万組で27年間で15倍に増えているという。その離婚の約7割が有子離婚であり、子どもがその犠牲者となっている。そこに現代日本の児童福祉問題が見え隠れする。特に離婚した子どもへのメンタルケアが必要不可欠であるにもかかわらず、そうした子どもへの配慮は皆無といわざるを得ない。時に子どもは親の離婚を“自分のせい”と感じ取ってしまう。親同士は離婚に至るまでには長い時間をかけ話し合った結論として納得づくで離婚をするが、往々にして子どもは常に蚊帳の外で、ある日突然に「お母さんとお父さん別々に暮らすことになったの。あなたどっちと暮らしたい?」という答えの出せない答えを求められるのである。こうした子どもへのメンタルケアが必要である。八楽児童寮で生活する7割の子どもの親が離婚をしている。離婚は自分のせいと自分を責める子どももいる。強い家族の絆が崩壊した時は、家族という絆が絶対的なものであればあるほどその壊れ方は修復不能となる。夫婦関係の崩壊が家族崩壊を招く「家族の関係不全」の時代である。





おっとりくんNEWS NO.57(毎月10日発刊) (9月10日(月)08時04分)
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2007.9.10            

■□■原点をみつめる■□■

 長い夏休みが終わり、子ども達が元気に学校へ行きました。
ことのほか暑い夏でしたが、学校が始まって大人達はやれやれです。
しかし、ほっとしている間もなくスポーツの秋到来です。施設では運動会だけでも10つもありその度に職員は、よりに腕をかけてお弁当作りをします。子ども達にとって、運動会のお弁当は格別です。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆

8/16(木) スエヒロ産業扇会バスツアー
8/22(水) 夏季鍛錬会卓球大会
8/25(土) 盆踊り大会
9/ 3(月) 始業式

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆

9/ 3(月) 始業式
9/16(日) 岡崎教務所人形劇来
9/17(月) カッパ座ご招待
9/24(月) 新城ライオンズクラブご招待
10/8(月) 東三河児童福祉施設総合体育大会

■□■ 輝いている言葉 □■□

 絶望とは、一つには「生きる目標の喪失、挫折」です。それは、夢が破れた時、交通事故で障害者となり将来への見通しをなくした時、魂を込めてきた仕事が失業や病気で奪われた時などに訪れます。もう一つは「関係性の断絶」です。愛する近親者との死別や離別、あるいは、いじめに出会った時、どれほどどん底に落ち込むかをみれば分かるように、「関係の断絶」こそは、絶望の最たるものです。ところが、私たちは今日、平穏だとしても、明日は何が起こるか分からない。アル意味で、絶望と希望のはざまで綱渡りをしながら生きているようなものです。ましてや、現在は、価値ある目標も見つからず、共同体が崩壊し、居場所もない「関係断絶の時代」と言われています。マザー・テレサは言います。「人間にとっての最大の不幸は、貧困ではなく孤独なのです。この貧しい人々よりも、共同体をなくした先進国の人々の方が不幸なのかもしれません」。つまりは「絶望の時代」なのです。
されど波風体験   著 寺内義和 幻冬舎ルネッサンス
 
◇◆◇ 寮長コラム ◆◇◆
 
「見守る」ケアから「関わる」ケアへ
「ケースワークの母」と言われたメリー・リッチモンドが「人間には、個人差がある」と言った。個人差を認めることは、その人の人格を尊重することであり、その人のいいところも悪いところもみとめることから始まる。そのためには、大きな生活単位から小さな生活単位にして、大きな集団で「見守る」というケアから小さな集団にして「関わるケア」というケアに変えていく必要がある。小規模化とは、ただ単に生活単位を小さくすればいいというものではない。小さくするということは、ケアのあり方そのものも変化しなければならないのである。
生活の単位を小さくすることで生活の中に情緒が生まれます。それは集団的生活から個人的生活への生活の質の変化を生むものである。そして、施設という特殊な生活環境から地域社会の中でのグループホーム等の取り組みは、コミュニティケアの中に社会的養護を位置づけることになります。これからは施設もコミュニティーの中の大切な存在であり、子どもたちが地域と共生しながら生活する生活環境の確立が求められている。




おっとりくんNEWS NO.56(毎月10日発刊) (8月12日(日)11時28分)
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2007.8.10                    

■□■原点をみつめる■□■
今年から最高気温が35℃以上の日は、「酷暑日」という予報用語ができた。いままでは、25〜29℃は「夏日」、30〜34℃は「真夏日」と言っていたが、これも温暖化の故か、気象庁の予報用語が11年ぶりに大幅に用語改正がおこなわれて生まれた用語のうちの一つである。

 ◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
7/20(金)終業式
7/27(金)新城高等学校農業クラブ剪定作業ボランティア
8/ 1(水)新城東港東学校生徒会学習ボランティア

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
8/16(木)スエヒロ産業扇会バスツアー
8/22(水)夏季鍛錬会卓球大会
8/25(土)盆踊り大会
9/ 3(月)始業式

●●○『輝いている言葉』○●●
私が指導員を続けるなかで痛感したのは、こうした児童養護施設に対する世問の無知や偏見だけではない。もうひとつ気づいたのは、日本の福祉分野のなかでも、とくに児童養護施設が劣悪な状況に置かれているという現実である。
 これは高齢者施設と比較してみるとよくわかる。たとえば高齢者施設で働く職員の数は、高齢者4.3人に一人の割合だ。これに対して児童養護施設のそれは子ども6人に職員一人である。また国から割り当てられる予算も高齢者施設のほうが多く、入所者一人あたりの生活費で比較すると、児童養護施設は高齢者施設の七割ほどしかない。
 この差はどこからくるのか。これは簡単にいえば、高齢者と施設児童における、それぞれの家庭の「カ」の差といっていい。
 高齢者をかかえる家庭は数多く、その多くは健全な市民生活を営んでいるが、施設の子どもたちの家庭はなんらかの事情で崩壊していることが多い。したがって、高齢者のいる家庭は国や自治体に働きかける力を持っが、施設の子どもたちの家庭はそうした力を持ちえない。この働きかける力の差というのは、言い方をかえると、選挙の票の数の差だ。高齢者のほうは、本人とその家族を合わせると、全国に膨大な票田が出現する。これに対して、児童養護施設の子どもたちは、もとより選挙権を持たず、その親がまた票としてあてにできないときている。
 この歴然たる差が、双方の福祉の厚みの差となっているのである。
 こうした日本の児童福祉の実情を知るにつけ、私は自分が現場スタッフの一人であることの無力さを痛感せずにはいられなくなった。この現状を打開するには、政治や行政のレベルからアプローチしなければどうにもならない。
講談社 ひとりぼっちの私が市長になった 草間吉夫著

■□■ 寮長コラム ■□■
先月、機会があって中国の西安を旅したその帰路、上海空港での出来事であった。西安から上海で飛行機を乗り継ぐ際に空港ビルから飛行機までバスで移動することになった時、そこに70代と思われる日本人夫婦が乗り合わせた。その夫婦は私のすぐ側に立った。その時おばあさんが「行きより帰りの方が飛行時間は短いだね〜。どうしてかねぇ〜?」と傍らにいたおじいさんにたずねた。するとおじいさんはめんどくさそうに「そりゃあ、空がすいとるだらぁ」ととぼけた顔で答えた。私は思わず笑いを抑えるのに必死であった。私はバスを降りると「そうか、今日は空がすいてるんだ」とおもわず納得しながら空を見上げた。いまさらその老夫婦に「それは偏西風というジェット気流に乗って飛ぶから早いんですよ」と教えてあげるのもなんだか野暮な感じがした。その夫婦はこんな会話をしながら長年連れ添ってきたんだろうなぁ〜。と空を見上げながら勝手な思いをその夫婦に思いえがいていた。その日の空はまさに快晴であった。私の心もその夫婦の会話のお陰でまさに快晴となりました。いっときのジェット気流が私の心の中をさわやかに吹き抜けていった。



おっとりくんNEWS NO.55(毎月10日発刊) (7月9日(月)23時28分)
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2007.7.10
                   
■□■原点をみつめる■□■
いよいよ、45日戦争の始まりである。大人にとってはまさに体力勝負の夏休み45日が始まる。しかし、どもにとっては自然が全ての教室となり、真っ黒に日焼けして元気に飛び回る。事故がないように祈るばかりである。そして、ひとまわり大きく成長する時期でもある。


◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
6/13(水)岡崎市民生児童委員来
6/15(金)豊川市豊校区更生保護女性会来
6/16(土)陽の家千郷地区民生児童委員奉仕作業
7/18(日)決戦場祭り

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
7/20(金)終業式
7/27(金)新城高等学校農業クラブ剪定作業ボランティア
8/ 1(水)新城東港東学校生徒会学習ボランティア

●●○『輝いている言葉』○●●
自分の不注意で前の車に軽く追突してしまった30代の女性、彼女はもちろん相手に必死で謝ったはずなのだが、相手の同年代の女性は、たったひとこと「あなたそれ、謝罪になってないわ」と言ったきり、警察が来るまで車にのりこんだままだったという。“本当に誠心誠意謝ったのに、なんで謝罪にならないわけ?”こういう疑問を暫く持ち続けてしまった彼女は、ある日偶然にその意味を知ることになる。カフェでお茶を飲んでいたらバシャーンという音ともにジュースが降ってきた。トレイをひっくり返したお店の女の子の“ひとひと”に彼女は切れたのだという。つまりそれが「すいませーん」。こういう時は、「申し訳ございません」でしょう!!と思った瞬間、彼女は、初めて“追突事故”の時に自分がどんなふうに謝ったのかを思い出す。言葉は表情を伴い、こころを伴って初めて人に届くものなのだ。
あなたには“躾”があるか?  講談社 斎藤 薫著

■□■ 寮長コラム ■□■
 実習反省会の折り、ある実習生が言った言葉に感心させられた。「一人じゃあ、笑えないけど、相手がいるから笑うことが出来るんだよね。」なるほどそのとおりだ。相手がいればこそ笑うことも出来るし笑わせることも出来るのである。人は「心」を持っている。では、心とはどこにあるのでしょうか。心を示すときハートのマークを書きます。ハートのマークは病院では心臓を示します。だから心とは、心臓に位置すると言う人がいます。「いやいや、目は口ほどに物を言うというではありませんか、だから心は口ですよ。」ということにも一説である。「いやいや、心は腹にあるんですよ。だってあいつは腹黒い奴だと言うではありませんか」と言うでっぷりとした社長さん。「ボクは心は手のひらにあると思います。」と言って真っ赤になった高校生の男の子。何故と聞くと、「こないだ、彼女の手を握ったらとても温かったんだよね。彼女すごく優しいんだ」と照れている。それで、その高校生に彼女がいることがわかりました。「この人はいい人か悪い人かは、やっぱり脳が判断するんだよね。だから頭だよ。」と理屈をこねる人。さて、あなたは「こころ」とはいったいどこにあると思いますか。私は、・・・こころとは自分の中にあるものではなくて、自分と相手との間に存在するものだと思います。相手に関心がなければ、そこにはこころは存在しません。こころとは常に相手がいて、その相手を思いやる気持ちだと思います。



おっとりくんNEWS  NO.54(毎月10日発刊) (6月10日(日)16時46分)
Number:0610164544Length:3076 bytes

2007.6.10                   
■□■原点をみつめる■□■
夏至の日の夜は“でんきを消して、スローな夜を” 2007年6月22日よる8時から10時の2時間みんなでいっせいに、でんきを消しましょう。一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、ただ2時間でんきを消すことでゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を地球上にひろげていきませんか。100万人のキャンドルナイトに八楽児童寮は、賛同します。

 ◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
5/13(日) NTT剪定ボランティア来
        リッチリバー・コンサートご招待
        新城吹奏楽団コンサートご招待
5/20(日) 東三河児童福祉施設スポーツレクレーション大会
5/27(日) カッパの里ハイキング
6/ 3(日) ガーデンパーティー

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
6/13(水)岡崎市民生児童委員来
6/15(金)豊川市豊校区更生保護女性会来
6/16(土)陽の家千郷地区民生児童委員奉仕作業
7/18(日)決戦場祭り

●●○『輝いている言葉』○●●
 忙しさに追われて「学べない組織」が急増中
私たちがどんなときによく学べるのかを考えてみると、それは極めて多様なのですが、多くの人に共通するものとして、@いいサポートやフィードバックがあるとき、A自分にとって心地よい空間にいるとき、B振り返ることができる余裕があるとは、Cおもしろさを感じられるとき、D決まり事を打ち破ったときなどが挙げられます。これらの「学びの条件」が満たされていない組織が多くなっていることを私は危惧します。
学びの条件を満たせない最大の理由の一つとして、企業を含めたあらゆる組織において、「忙しさ」が慢性化・蔓延化していることが挙げられます。この余裕のなさは、「学びの欠如」というより「学びの放棄」に直結してしまいます。
プレジデント2006.5.29  吉田新一郎 著 

■□■ 寮長コラム ■□■
 今年、児童虐待防止等に関する法律が改定された。今回の主な改定点は児童相談所の権限がますます強化されたことにある。また、この法律では、虐待には4つの種類があるとしている。虐待の種類は、親が子ども暴力をふるう身体的虐待、親が子どもの世話をしない養育拒否、放任といったネグレクト、日常恒常的に親が子どもに対して暴言やののしりといった子ドバの暴力としての心理的虐待、援助交際・児童ポルノといった性的虐待等としている。
しかし、虐待の最前線で仕事をしている者として感じることは、これは4つの種類ではなく、プロセス(過程)であるように思える。虐待は、まず身体的虐待から始まるということである。親が子どもを自分の意のままに従えたい。何でも自分の言うことをきく子がいい子であり、いうことを効かないと殴る。殴るという行為は即効性がある。これはまさに養育ではなく飼育である。そして、殴ってもいうことを効かないと今度は、ののしる。「おまえはいくら言ってもわからない子だ」これが心理的虐待で虐待のレベルもアップした段階であろう。子どもは、ののしられていうことを効くはずがない。ののしっても、悪態をついても親子関係は改善されない。すると次の段階へと進む。放置、養育拒否(ネグレクト)である。あきらめの境地である。この段階に至るまで虐待が発見されずに進行していくのである。身体的虐待は見える虐待で、ネグレクトは見えない虐待故に死亡率が高いと言われるが、現場で虐待に携わっていると虐待は、種類ではなくプロセスだと痛感する。身体的虐待から始まりネグレクトの段階まで虐待がエスカレートするプロセスがそこにはあると思われる。
社会が、虐待から子どもを救わなければならない。




おっとりくんNEWS NO.53(毎月10日発刊) (5月12日(土)23時43分)
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2007.5.12                    
■□■原点をみつめる■□■
今月は、発行が2日間遅れ誠に申し訳ありませんでした。人は待つことがどれくらい出来るだろうか。待つことは辛いことである。人が育つということは、待つこと他ならない。育てるのではない育つのを待つのである。育てようとすると待てなくなって口が出る手が出るのである。最近ジコチューな子育てが増えてきた。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
4/14(土) オテックス労働組合ボランティア来寮
4/28(土) 新城畳組合畳張替えボランティア来寮

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
5/13(日) NTT剪定ボランティア来
        リッチリバー・コンサートご招待
        新城吹奏楽団コンサートご招待
5/20(日) 東三河児童福祉施設スポーツレクレーション大会
5/27(日) カッパの里ハイキング
6/ 3(日) ガーデンパーティー

●●○『輝いている言葉』○●●
ジコチュー親
最近、ジコチューで文句の多い人間がやたらと増えてきました。自分の幸せしか考えないから、周りの人間のすることがいちいち鼻について批判や不満の繰り返しです。「うちの子がいじめられた」と人を責めるばかりで、いじめられる原因はなかったかといった発想など微塵もありません。いじめは間違っていますが、ほ乳類である以上、いじめは避けては通れません。むしろ必要なのは、いじめを乗り越える力、回避する知恵を身につけさせること。考え方も何もかも違う他人と協調して生きていかなければならない社会でジコチューは百害あって一利なしです。
MOKU出版 子ども問題撃退マニュアル  長田百合子 著 

■□■ 寮長コラム ■□■
 有森裕子選手がオリンピックのマラソン大会で2位に輝いたときのインタビューで有森選手が「自分を褒めてあげたいと思います」と言った言葉がその年、流行した。思い起こせばあの頃からだろうか、“癒し”とか、“自分に優しく”などという言葉が頻繁に使われるようになった感がある。自分への癒しを自らに求める傾向が現代社会を象徴している。また、そういう言葉や行動を常に他人に対して求めている。「私を癒してください」と。“癒し”とは・・・。自分で自分を癒すことであり、他人によってどのように“癒し”てほしいというのだろうか。自分への癒しは自分で行うことであって、他人によって癒してもらうことではないはずであるが、自分では自分を癒しきれないでいるひ弱さがある。
要は、自分の弱さを人によって救ってもらいたいということであろうが、それだけ自分で問題を解決していく解決力に欠けているのであろう。常に他人によって癒されていたいのである。今年も職員が職員旅行でどこへ行こうかと相談し合っている。「スパのある所で、癒されたぁ〜い。」という声を聞きながらこの寮長コラムを書いている。おもわず、リラックスすることが癒しなのかと首を傾げた。
私達が一般的に、心が癒されたと言った場合、落ち込んでいた時に励まされてまた頑張ろうという気持ちになったとか、そういう事象を指しています。
しかし、心の傷は薬では直らないところが厄介なところです。薬が無いので、人との関わりの中でしか、心の痛みを和らげたり傷を癒すことはできません。例えば相手を思いやるな温かい言葉が、大丈夫だと思えるか、心底からこういう気持ちになれれば、自信を持って元気に活動できます。これが癒しというものではないでしょうか。



おっとりくんNEW NO.52(毎月10日発刊) (4月10日(火)11時10分)
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S2007.4.10            
■□■原点をみつめる■□■
教育の世界には、ピグマリオン効果というものがある。期待することによって、相手もその期待にこたえるようになる、という現象をピグマリオン効果とよんでいます。このような効果が起こる理由として、ローゼンタールは、人は常に相手の期待に対し最も敏感に反応するから、と説明しています。八楽児童寮にも3人のフレッシュマン(女性)がやって来ました。新任職員に対して期待をもち、その人の長所を伸ばそうという温かい態度で接していれば、新任職員も自分にあった望ましい方向に伸びていく可能性があるということです。

◇◆◇ 先月の報告 ◆◇◆
3/11(日) NTT剪定ボランティア
3/21(水) ライオンズクラブなかよし・ふれあい広場ご招待
        名古屋観光ホテル70周年記念事業チャリティーテーブルマナーご招待
3/23(金) 公立高校合格発表
3/30(金) 法人本部新任職員研修会

◆◇◆ 今月の予定 ◆◇◆
4/14(土) オテックス労働組合ボランティア来寮
4/28(土) 新城畳組合畳張替えボランティア来寮

●●○『輝いている言葉』○●●
叱ることでは「いじめ問題」は解決しない
 いじめる子というのは、必ず、心に淋しさや満たされない思いをもっている存在なのです。ですから、叱ることで問題を解決することは不可能なのです。 また、そのような子どもには、自分本位の面の強い、わがままな子どもが多く、それまでに自己統制の能力が養われていません。この自己統制の能力は、親から放任されていたり、逆に溺愛を受けていたりする場合には、育ちにくいものなのです。
 最近は、8親や年寄りから溺愛されて、自己統制の能力が育っていない子どもが多いのです。溺愛というのは、十分に愛情を注ぐというのではないのです。そうではなくて、子どもの言いなりになっている育て方で、とくにお菓子やおもちゃなどの物質的な欲望を、すぐ次々と聞き八れてしまう育て方を言います。そうした家庭では、どうしても、がまんすることのできない、わがままな子が育ってしまいます。これも、考えてみますと、まず親の方にがまんする力がなかったからなのですが・・・・・・。 わがままな子どもは、それまでの生育史のなかで、自分の要求が何でも通るという経験をしてきていますので、自分の要求を聞き八れてもらえないとなると、しつこく迫り、暴力をふるつてでもその要求を通そうとするわけです。 このようなときには、両親がよく話し合って、お年寄りにも協力してもらって、家族全員でその子どもの物質的・金銭的欲望を制限していくように努力する必要があります。たとえば、おもちゃや遊び道具などは、誕生日とかクリスマスなど、日を決めて買ってあげるようにし、「ほしい」と言われるとすぐ買ってあげるようなことはしないで、その日まで「待つ」心を育てるようにします。そして、金額についてもあらかじめ予算を決めて、そのなかで買うようにします。こうしたことを続けるなかで、徐々に子どもの心に「がまん」する力、自己統制の能力を育てていく必要があります。 
(株)企画室 続「心の基地」はおかあさん  平井信義 著 

■□■ 寮長コラム ■□■
 3月は別れの季節、今年も5人の子どもが八楽を離れました。子どもが八楽児を出て行くには3つの形があります。まず、一つは親子の新統合がなされ再び親子が一緒に暮らせるようになって八楽を出て行く形があります。まさにハッピーエンドです。もう一つは、18歳になり高校を卒業して社会に巣立っていく形です。社会へ出ることへの不安もありますが、そこには希望が満ち溢れています。そしてもう一つが施設を変わるという形があります。兄弟分離されていた子どもが兄弟一緒に過ごせるようにするために施設を替わるという場合があります。どの形にせよ子どもを施設に入所させることは、決してゴールラインではなく一つの方向性へ向けての取り組みが無くして成り立たないことばかりです。親子の新統合へ向けての取り組みは、児相頼みにするのではなく施設としての取り組みが必要になります。社会自立の為には「切る」のではなく「離れる」というプロセスのあり方が重要です。切れば血が流れます。痛みを伴います。少しづつ離れていく離していく取り組みが社会自立というものです。
       




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